音声だけで体の動きを説明する
ラジオの現場から

  • 日時、にせんじゅうななねん、はちがつじゅうくにち。どようび。13:00から16:00
  • 会場、カート 神奈川芸術劇場
  • 講師、すずきみつひろ、まつだたかこ

スポーツ実況アナウンサーのすずきみつひろさんを招いてのワークショップ第三回。聞き手で迎えたのは、映画の音声ガイドに携わるまつだたかこさん。ラジオをメインに活動する鈴木さんは、もともと映像のないメディアで競技を伝えることに携わってきた。Jリーグができたばかりの時はサッカーという競技自体の認知度が低く、ピッチの中で各チームの攻守交代やプレイヤーの位置をどうわかりやすく伝えるかで苦労したと言う。二人の対話の中で出たキーワードとポイントをまとめた。

同時性

野球の投球の実況は、絶対に投球に遅れないことが原則。投球に遅れると、「投げました」と言った時に打ってしまうことになる。そのため、「投げました」と言う時は、指先をしっかり見ているというより、全体像が目に浮かんだところで少し先に言う。

映画も、音声ガイドは一緒にわかっていくことを目指している。同時に感動する、同時に驚く。

状況描写と即時描写

まず状況を描写する。野球は、まが多いスポーツなので、プレーが止まるあいだに状況を説明する。何たい何でどちらがリードしているのか、次のランナーが足の速い選手なら走る可能性があることを匂わせるなど。即時描写だけで瞬時にすべてを細かく説明するのは難しいし、逆にわからなくなる可能性もある。

情景描写

目の前で起こっていることを、絵が浮かぶようにわかりやすく伝える。野外の球場なら、空模様、雲の動きや光の状態を言ったり、お客さんの洋服で季節感を伝える。駅伝なら、給水で、たんに水を取り損ねたということを伝えるだけでなく、そのことで何が起きるのかという説明を入れると、情景として浮かんでくる。

自己満足は切り捨てる

何をどう伝えて欲しいかを、話し手の感覚ではなく、聞き手の立場で考える。いくら取材をして詳しい選手がいたとしても、その選手がメインでなければ、広げる必要はないかもしれない。特定の話題や視点に固執しない。

リズムの重要さ

野球実況では、三拍子を使う。「ワンバウーンド、ツーバウーンド、ヒット!」とリズムに乗せた方が、打球の動きがわかりやすい。七五調もよく使われる(「ツーストライク、ワンボール、投球これから 4球目」など)。駅伝では、走っているランナーを実況ではなく説明してしまうと、走ってないように聞こえてしまう。ランナーの順番を説明するだけでなく、自分も本当に走っている感覚でランナーを“走らせる”ようにリズムよく描写する。

脳が追いつけるように伝える

人間の脳が理解できない速度になってしまうと処理できなくなるので、削る作業を行う。

ただ早口で話しているだけではなく、何を伝えなければいけないかを明確に。

実況するスポーツを体験する

レスリングを実況するときは、実際に技をかけられてみるのが一番伝えやすい。バドミントンでアキレス腱を切る選手がものすごく多いのがなぜかは、やってみて感覚的にわかる。ラグビーのちゅうけいをやるなら、少なくともラグビーボールが楕円形で、落ちたらどこへ飛ぶかわからないことは触って知っておく。それがラグビーの面白さで、競技の起源にもつながる。

実況者と解説者の役割分担

実況者は目の前の描写が中心で、見る側の立場で状況の説明をする。解説者はプレーヤー側の立場で、選手の状態や気持ち、ゲーム全体も含めた解説をする。

松田さんからは、視覚障害者とは誰か?という話題が出された。先天性、中途失明、全盲、弱視、視野欠損など、視覚の状態は人によりさまざま。ひとつの“視覚障害者”像をつくり出すことはかなり危険ではないか。観客の中に見えない人がいることを意識することは大事だが、ダンスを提供する側として彼らに何が用意できるのか方針を決め、伝える方が大切と話した。

例えばブラインドサッカーの実況はラジオで行われており、貸し出し希望の7割が晴眼者。実況は視覚障害者の観戦のバリアを取り除くだけでなく、ブラインドサッカーの観戦自体のバリアを取り除く役割も担っている。それは音声ガイドを通してダンス観賞の裾野を広げることにも応用できる可能性を感じさせる。

最後に、鈴木さんが空手の演武の動きを描写することを試みた。目で追えない速さの動きにまったく言葉が追いつかず、苦戦する鈴木さん。そんななか、視覚に障害のある参加者からは、「動きを完全に理解できなくていいから、技のキレや凛々しさを感じ取れるようなリズムが欲しい」「何をやってるかよりも、どこが凄かったのか知りたい。目が追いつかないくらい速いならそのことがわかればいい」という感想も。

いぶんやでありながら、体を使った運動を描写するという共通項を持つ、スポーツ実況のノウハウに触れることができ、ダンスとの接続も垣間見ることのできるワークショップとなった。

講師プロフィール

すずきみつひろ。野球がきっかけで、筋書きのないドラマと言われる「スポーツ」の持つ感動を伝えるアナウンサーの道を選択。アトランタオリンピックのサッカーちゅうけい、「マイアミの奇跡」と言われている日本たいブラジル戦のラジオ実況などを担当。現在はフリーアナウンサーとして、ラジオやテレビのスポーツちゅうけいを30種目以上、年間200試合以上行う。
まつだたかこ。視覚障害の仲間と観ることで映画をより好きになったことから音声ガイド制作者に。「虹とねいろプロジェクト」の屋号でワークショップやトークイベントも主宰。音声ガイドをつけた作品に、『光』『散歩する侵略者』など。アプリ開発やスポーツ観戦のアクセシビリティプロジェクトにも携わっている。