ダンサー、捩子ぴじん

プロジェクトにダンサーとして出演しただけでなく、振付や音声ガイド、そして視覚障害者と晴眼者で構成された研究会にも参加し、この企画の中核を担った捩子ぴじん。通常のダンス公演のみならず、韓国でのキュレーションや障害者とのワークショップといった幅広い活動を行っている彼にとっても、視覚障害者と音声ガイドをつくり、作品を上演するというのは初の試みだった。今回の経験を通じて、捩子にとっての「ダンス」はどのように変化したのか。そして、自らテキストを執筆し、音声ガイドを作成した捩子は、この試みにどのような可能性を見出しているのだろうか。

体の動きと音声ガイドが支え合うダンスをつくる

インタビュアー 捩子さんは今回、プロジェクトの中核を担う存在として、振付ダンサー、音声ガイド作成などさまざまな面で関わりました。まず、この企画の話を受けたときにはどのように思われたのでしょうか?

ねじ一言で言うと「しまった......」でしたね。

インタビュアー 「しまった......」とは?

これまで、自分で作品をつくって人前で見せるという仕事をしていたにもかかわらず、観客の中に視覚障害者がいるということを想定していませんでした。この話を受けて、はじめて視覚障害者がダンスの観客になるということを意識するようになったんです。

インタビュアー 捩子さんとしても、視覚障害者を観客とするというのはまったく念頭になかったんですね。今回の企画は、初の試みであり、多くの困難がつきまとうことがあらかじめ予想されます。それにあたって、捩子さんはどのようなアプローチを取ろうと考えたのでしょうか?

ねじ単純に、やったことがないことに対してはおもしろいと思う性格なので、困難に対する不安はあまりありませんでした。はじめに考えたのは、やはりダンスと視覚との関係です。普通、ダンス公演においては、視覚を通じてダンサーの身体感覚がノリやグルーヴと呼ばれるようなものに変換され、観客の体の中に入っていきます。では、視覚を使わなかった場合、どういう可能性があるのだろうか?と考えたのが第一歩です。ただし、当初からタップダンスやカタックダンス(北インドの古典舞踊。足首に鈴を付け、リズミカルな音を出しながら踊る)のように、自分の体が動くことによって何らかの音が出るダンスをつくるのはNGだと決めていました。今回の企画では、あくまでも音声ガイドと体の動きとが互いに支え合って、観客の中に「ダンス」として入っていくことが重要だと考えたんです。

インタビュアー 具体的には、どのようなプロセスを辿ったのでしょうか?

ねじ三種類の音声ガイドをリアルタイムで流すことは現実的ではなく、録音した音声ガイドで動くための振付をつくることからはじまります。これまで、僕の踊りは即興の要素が多く、用意した振付を踊るという上演はあまりしてこなかった。この振付を考えていく中で、どのようにダンスがテキストに翻訳されるのかを想像したり、あえて言葉にしづらいような動きを取り入れたりなど、先ほど言ったテキストとダンスが支え合って観客に入っていくということを振付で試みました。この振付を踏まえて、研究会のメンバーによる音声ガイド2がつくられました。

インタビュアー ガイド2は、「両腕の力を抜き、足を軽く開いて、膝を柔らかく曲げながら跳ねる」というように、捩子さんの動きをなるべく正確に言葉で置き換えようとするものでした。研究会には視覚障害者も参加していますが、どのように捩子さんの振付を伝えるのでしょうか?

ねじ言葉だけでなく、実際に僕の体に触ってもらったり、相手の体を触ったりしながら文字通り手取り足取り振付を伝えていきます。それは、とてもおもしろい経験でしたね。一言で「痙攣」と言っても、どれくらい震えているのかわかりませんよね?でも、実際に体に触ってもらうことによって「あ、こんなに震えているんだ」と伝えることができました。

見ることを踊ることに近づけるガイド

インタビュアー 一方、ガイド1については、捩子さん自身がテキストを執筆しています。このテキストは「体は水が入った袋水の中に内蔵や骨が浮かんでいる」というイメージの提示から始まり、「波打つ皮膚を感じる」「足裏から伝わったエネルギーが体の中を通り抜けていく」など、ダンサーが踊っている時の意識に入っていくような言葉によって構成されています。どのようなコンセプトのもとに書かれたのでしょうか?

ねじこのテキストを書く上でテーマとしたのは「ダンスのレッスンガイド」でした。このガイドを聞くことによって、観客が自らの体を動かすようなイメージを持つことができればと考えたんです。僕はダンスを見ることがダンスを踊ることとイコールになって欲しいと思っています。だから、音声ガイドも、なるべく踊っている感覚に近づけたかったんです。そこから、このテキストと一緒にダンスを見る観客は「踊りの生徒」であり、テキストを喋っている人は「踊りの先生」という設定が生まれました。

この音声ガイドを録音するにあたって、自分の声で録音するという選択肢もありましたが、ダンスの先生にはどこか自分よりも年配の人というイメージがあった。そこで、TheaterCompanyARICAの女優安藤朋子さんに声をお願いしました。これは自分がテキストをつくるための設定であって、観客に伝わらなくてもよかったのですが、視覚障害を持つ参加者の感想を聞くと、「自分が踊るためのガイド」として受け取ってくれた人もいました。

インタビュアー 確かに、「体の中の水が揺れる」というイメージや、「いっちにーさんしーいっちにーさんしー」というリズムは、観客自身の体に対する感覚を刺激します。

ねじ実際に踊っている時は、観客のイメージの「壺」に、身振り手振りを放り込んでいくというような感覚でした。普段、観客の「目」に向けてダンスをするよりも、少し気楽な感じがありましたね。視覚によるクリアなイメージではなく、輪郭が曖昧でもっとぼんやりとしたものとしてダンスが観客に入っていったというイメージです。

インタビュアー 捩子さんはダンサーとしても出演していたため、音声ガイドを聞きながら見ることはできませんでしたが、改めて映像で振り返ってどのように感じられましたか?

ねじ当初、振付をつくる際には、音声ガイドなしでも成立するものを考えていました。しかし、映像を見返してみると、音声ガイドがあって成立するものになっていますね。僕は晴眼者なので、視覚を通さずにダンス作品を鑑賞する経験をしたことはありませんが、今回のダンスはテキストと補完関係にあるようなダンスだったのではないかと思います。少なくとも、パフォーマンスに立ち会った観客は、テキストだけではなく、目の前でダンサーが動いて成立するものということが理解できたのではないでしょうか。

インタビュアー能楽師の安田のぼるさんによる音声ガイド3は、「わたしの中に異物が迷い込んだ」という設定から始まります。このガイドについては、どのように感じましたか?

ねじまず、アプローチが他の二つと全然違うことに驚きました。自分も、研究会もともに長い時間をかけてプロセスを歩んできました。しかし、安田さんの場合はプロセスを共有しておらず、まさしく「異物が迷い込んできた」という印象ですね。安田さんの音声ガイドはいい意味での「軽さ」を持っている。ガイド1、2は、ダンスだけではなくこのプロジェクトのプロセスと共に並走しているという印象を受けますが、安田さんのガイドは、目の前のダンスを見て、即興で録音したような印象を受けました。

インタビュアー 最初のワークショップからショーイングにたどり着くまでに、およそ2ヶ月ほどの期間がありました。この間に、捩子さんとしても何か変化を受けた部分があるのでしょうか?

ねじいちばん大きいのは、公演の告知をする時に、どうしても視覚障害の観客が頭に思い浮かんでしまうこと。Facebookで他の公演の告知をする時に、つい「音声ガイドがないんだよな...」と考えてしまいます。この先、自分の主催公演を行うのであれば、まず視覚障害者を観客に含めるか否かをはじめに考えざるをえません。また、一観客として公演を観に行っても、「ここに来れるのは目が見える人だけなんだな」と考えるようにもなった。今回は予算と時間をかけて音声ガイドをつくったと思いますが、正解はないので、いろいろなやり方があると思います。多くのアーティストたちに、音声ガイドつきの公演をつくってほしいです。

インタビュアー では、ダンスそのものについての視点は何か変化はありましたか?

ねじ「ダンスを見る」ということと「ダンスを踊る」ということがイコールであってほしいという自分の考えを、今回の仕事を通じてあらためて強く意識しました。もちろん、さまざまなダンスの種類があるし、ダンスの可能性はそれだけではありません。けれども、「見せるためのダンス」をつくるのであれば、観客が自分で体を動かすことと同じくらいの何かを与えていきたいと思います。

インタビュアー では、今回の公演で不完全燃焼だった部分や、もっとこうできたらよかったという反省点は?

ねじ公演前に行ったタッチツアーについては、もっとよくできたのではないかと反省しています。アーティストのワークショップにありがちな、創作過程を薄めて手渡すような時間を過ごしてしまいました。当初、10から20人くらいの人数を想定していたんですが、蓋を開けてみたら40人あまりの人々に来ていただけました。あまりにおおすぎて、しっかりと対応することができなかったのは残念ですね。時間を区切って少人数に対応する方法も選択できたと思います。

視覚障害者を観客の中に想像すること

インタビュアー では、今回の成果を踏まえて、次にまたこのプロジェクトに関わるとすれば、捩子さんとしては、どのようなアプローチが考えられるでしょうか?

ねじ視覚障害者の観客が客席にいることを前提に作品をつくる方法もあるし、晴眼者に向けてつくった作品に音声ガイドをつける方法もある。音声ガイドの作成を通して、これまで晴眼者に向けてつくられていた作品もつくり手も変わらざるをえないし、その作品を通して観客にも変化が起きると思います。

インタビュアー 音声ガイドを前提にすることで、単純に視覚障害者でもダンスを見ることができるというだけでなく、作品のつくり方や、観客の意識までも変える可能性を秘めているんですね。

ねじそして、ゆくゆくは視覚障害の観客だけでなく、視覚障害のパフォーマーやアーティストが増えていってほしいですね。上演側が晴眼者で、視覚障害を持つ観客も見ることができるという関係が固定化され続けるのはとてもアンバランスな状況です。今回の研究会では、自分で動きたいという欲求を持っている視覚障害者も数多く参加してくれて、作品をつくりたいと思っている人が少なからずいることもわかりました。「こういうことをしましょう」と提案をすると、全力で動いて体を丸ごと差し出すような参加者もいました。将来は、視覚障害者のパフォーマーが作品を上演し、晴眼者のことも考えた仕掛けをつくってくれる...そんな状況になったら、とても面白いのではないでしょうか。

ねじぴじんプロフィール。ダンサー。1980年秋田県出身。2000年から2004年まで大駱駝艦に所属し、まろあかじに師事する。舞踏で培われた身体性を元に、自身の体に微視的なアプローチをしたソロダンスや、体を物質的に扱った振付作品を発表する。2011年、横浜ダンスコレクション EX審査員賞、フェスティバルトーキョー公募プログラム FTアワード受賞。 2016年、Our Masters 「土方巽」キュレーター(韓国こうしゅう)。