凄さを伝える表現手法の可能性

バリアフリーえいがかんしょうだんたいシティライツ代表。ワークショップ2こうし。ひらつかちほこ

音声ガイド三種類を聞いてまず驚いたのは、安田さんのガイド③でした。わたしはつい動いているものの説明を近視眼的に説明してしまうので、俯瞰的にダンサーを捉える視点がとても新鮮でした。また、息遣いや足音がガイドで聞けないのはストレスなので、一番それを聞けたのがガイド③だったと思います。せっかくその場に一緒にいるのだから、空気の動きを感じたい。見えないと、息遣いがその人の動きのテンポの手がかりになるので、余計そうではないでしょうか。

捩子さんのガイド①は、ここのつのマス目の「ご」を真ん中に置いて説明するところは、視覚障害者にとっても、電話などで馴染みがありイメージが描きやすかっただろうなと思いました。また、捩子さんのガイドだと「動きがわからない」という感想は出ないように思います。動きよりも、本質的な意味や踊りに込めた思いを知れれば良いとなりそうです。

ガイド②も頑張ったと思いますが、すごく言葉が多い印象がありました。また、比喩表現が全体の中ですごく少なく、イメージがつきにくかった。ただ、中途失明で動きの像を結ぼうとする人にはこのガイドが頼りになると思います。顔の表情まで説明しているところはガイド②だけで、良かったと思います。

「苦しんでるようにも悲しんでるようにも見える」という表現がガイド②にありますが、映画の音声ガイドはなるべく主観を入れないようにしているので、そう見える要素、例えば「歯を食いしばって下を向いている」などを具体的に言うだけにします。あとは見る人に想像してもらう。ただ、そうするとより主観を省いた表現にはなりますが、その描写をガイドに入れようと選びとっている時点で、その先の伝えたいことが前提にありますよね。そう考えると、完全なる客観性というものはないのかもしれません。

指先の表現や筋肉の使い方などで、ダンスがわかる人だから凄さが理解できる部分があるならば、それを入れるのもダンスの見方を伝えることになるでしょうね。そういうものを入れることで「ダンスの凄さはそこの表現でわかるのか」となるだろうから。今後ダンスの音声ガイドが当たり前についていけば、その表現で動きが想像できるようになるかもしれない。映画の音声ガイドも、よく使われる典型的な表現はいくつかあります。例えば風景描写なら「夕日が水面に反射して輝いている」とか、表情なら「一筋の涙が頬を伝う」とか。映像を撮る人も、泣いている人を撮る時はそういった瞬間を押さえたがるから、そうなってくる。

芸術に親しみのある人で、いっきゅうひんとにきゅうひんの違いを求めるような見方をしたい人にとっては、動きの説明だけだと、捩子さんが踊ろうが素人が踊ろうが同じガイドに聞こえてしまうことを物足りなく思うかもしれません。ダンスの中の美しさや、何が凄いのかというのが、芸術鑑賞という視点での音声ガイドにとっては重要かもしれませんね。

ただ、それは見えていても難しいことだし、音声ガイドよりも解説者の役割かもしれません。フィギュアスケートにも副音声がついていますが、大会までに向かうプロセスや、怪我を抱えていること、いかに四回転が難しいことかなどを伝えることで、あの盛り上がりがつくられる。ダンスもある種のスポーツと捉えると、「これは捩子ぴじんの得意とする動きですね」とか解説が入ってくると、鑑賞する楽しみが増えるのかもしれないですね。解説者はあるしゅ主観を入れてしまえる役割だと思うので、その場の熱を増幅させるような役割を担ってもらうというのも面白いと思います。

ひらつかちほこプロフィール。早稲田大学教育学部教育学科卒業後、飲食店や映画館に勤務。にせんいちねんにバリアフリー映画鑑賞推進団体シティライツを設立し、映画館「早稲田松竹」を退職。以後、視覚障害者の映画鑑賞環境づくりに従事。にせんさんねん第さんじゅうなな回NHK障害福祉賞優秀賞受賞。にせんじゅうろくねんくがつ日本初のユニバーサルシアター シネマチュプキタバタ設立。その功績が讃えられ、第にじゅうよん回ヘレンケラー、サリバン賞を受賞。